Balkan Folk Music Discography

バルカン半島~黒海周辺地域の音楽と踊りを深掘りするブログ

Pesna za Ovcharani / Ovčarani

今月の頭の8月2日は、北マケドニアでは共和国の日で祝日でした。この日はまたイリンデンとも呼ばれ、預言者聖エリヤの記念日でもあります。しかしマケドニア地域のスラブ民族(ここではスラブ=マケドニア人と呼ぶことにします)にとっては、むしろオスマン帝国に抗った1903年イリンデン蜂起にちなんで、民族アイデンティティを深める日になっています。

そして、7月下旬(7/20あたり)からこの祝日までの間は、マケドニア地域の各地でイリンデンを祝うフェスティバルが開催されます。ちょうど日本のお盆行事(仏教信仰よりはむしろ終戦戦没者の鎮魂のための行事)と夏祭りというような感じでしょうか。

イリンデンのフェスティバルの様子を撮影した動画があるので見てみましょう。

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この動画は2019年にオフチャラニ(Ovcharani、Ovčarani、Овчарани)という村で開催されたフェスティバル・OVCARANI 2019の様子です。夜、村の小学校に大勢の人が集まって、出店の食べ物を食べ歓談して、プロのバンド演奏による大音響をバックにみんなで踊る、まさに日本の盆踊り大会のような感じです。今年と昨年はコロナ蔓延の影響で残念ながら中止になっていましたが、小さな村にもかかわらず旅行者も含めて大勢の人々が毎年このフェスティバルを楽しんでいます。

 

さて、盛大なフェスティバルが開かれるこのオフチャラニですが、実は一般的な地図には載っていません。

この村は、オフチャラニではなく、一般にはメリティ(Meliti, Μελίτη)というギリシャ語名で呼ばれています。場所は下の地図の赤い印の辺り。北マケドニア共和国内ではなく、ギリシャ共和国北西部のフロリナ県に位置します。

このマケドニア地域(現在の北マケドニア共和国があるヴァルダル・マケドニアギリシャ中央部に相当するエーゲ・マケドニア、およびブルガリア南西部のピリン・マケドニアを含む地域)にはもともと強力な王権が存在しておらず、オスマン帝国統治時代まではスラブ人、トルコ人ギリシャ人、ヴラフ人、ロマなどの諸民族が特に民族意識も持たずにそれぞれ牧歌的な生活を営んでいました。

しかし、1912年から始まる2度のバルカン戦争を通してオスマン帝国が退くと、空白地となったこの地域をセルビア王国ギリシャ王国、ブルガリア王国が三つ巴で奪い合います。そして戦争が終結した1913年、ブカレスト条約により国境線が確定。オフチャラニ村のあるエーゲ・マケドニア地域はこのときギリシャ王国に含まれることになりました。

その後1926年にはギリシャ当局により村名がメリティに改称されました。

そうした経緯から、メリティにおけるイリンデンのフェスティバルの開催は、実際ギリシャの支配に対する反逆の現れと見なされていて、現在もギリシャ当局から様々な制約を受けているようです。

 

さて、前出のOVCHARANI 2019の動画ではバンド演奏で多くの人々が踊っていましたが、演奏されていたのは一般的にはEgejska Maka(エゲイスカ マカ、エーゲの苦難)と呼ばれている曲です。バルカンダンスでは、Ovčarani(オフチャラニ、Atanas Kolarovski, '05)という踊りでSuzana Spasovska(スザナ スパソフスカ)のEgejska Makaを使っています。

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タイトルを「エーゲの苦難」と訳してみました。前述の歴史に翻弄されるエーゲ・マケドニア地域のスラブ=マケドニア人の苦難を表現しています。

Suzana Spasovskaは北マケドニアで有名なフォーク歌手。1964年スコピエ生まれ。11歳の頃から合唱団やいくつかのグループに参加し歌を学びキャリアを積みます。そして'80年代後半~'90年代前半にはトップスターとして活躍します。2000年、フォークソングのレジェンド・Vaska Ilieva(ヴァスカ イリエヴァ)の送別コンサートへのゲスト出演が転機となり、ヴァスカの意思を受け継いで愛国的な歌の道へと進み始めます。2013年には伝統ある北マケドニア国立民族舞踊団タネツ(Tanec)の初のソリストにもなりました。

上の動画にあるEgejska Makaを含むCDアルバムBomba(2001年リリース)は、Suzanaが愛国的な歌へシフトして最初に出したアルバムです。

なお、動画を再生するとわかるように音楽的にはポップス的なノリです。このような電子楽器等を使ってアレンジしたフォークミュージックを、バルカン諸国ではポップフォークまたはターボフォークと呼んでいます。

 

ところでこのEgejska Makaには、オリジナルの曲が存在ます。オリジナルは商業音楽として流通はしていませんが、録音されたものがYouTubeにありましたので紹介します。

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マケドニア語の動画タイトルは「Pesna za Voshtarani-Ovcharani」。和訳すると「ヴォシュタラニ - オフチャラニのための歌」という感じでしょうか。ヴォシュタラニというのはオフチャラニブルガリア語名です。

作詞はKrste Naumoski - Mečkar(クルステ ナウモスキ メチカル)、作曲はTode Novacevski(トデ ノヴァツェフスキ)、実はいずれもメルボルンに住むスラブ=マケドニア系オーストラリア人*1の作です(オーストラリアにはスラブ=マケドニア人移民のコミュニティが各地にあります)。この曲は1997年にメルボルンで開催されたフォークヒットフェスティバルのレセプションでRodna Nedanoska(ロドゥナ ネダノスカ)によって初めて歌われました。

 

歌詞とその和訳は以下の通りです。 

Pesna za Ovcharani

Lyrics: Krste Naumoski - Meckar


Si proshetav, mila mamo,
lerinskite sela.
Si zastanav vo Ovcharani,
kraj crkvata bela.

 

Chorus:
Tamu si najdov Makedonci,
stari i mladi ovcharanci,
komitski pesni peea,
pushteno oro igraa,
Ilinden, majko, slavea
i od radost solzi ronea.

 

Si zaplakav i jas, mamo,
si proronav solza
za sudbina kleta nasha,
za egejskata maka.

 

Chorus

 

Kje proshetam, mila mamo,
lerinskite sela,
kje raskazham za Ovcharani,
za crkvata bela.

 

Chorus

 

出典:Pesna.org

 

(和訳)オフチャラニのための歌

 

私は旅をしました、親愛なるお母さん、
レリン(※1)の村々へ。
私は立ち寄りました、オフチャラニに、
白い教会(※2)の近くに。

 

Chorus:
そこで私はマケドニア人を見つけました。
老若のオフチャラニの人々、
彼らは滑稽な歌を歌い、
プシュテノ オロ(※3)を踊り、
イリンデンを、お母さん、祝い
そして喜びの涙を流していました。

 

私も泣きました、お母さん、
涙をこぼしました
私たちの呪われた運命のために、
そのエーゲの苦難のために。

 

Chorus

 

私は旅をします、親愛なるお母さん、
レリンの村々へ、
私は話します、オフチャラニについて、
白い教会について。

 

Chorus

 

※1 レリン (Lerin): フロリナ地方のマケドニア語名。

※2 白い教会: Bela Tsrkva (ベラ ツルクヴァ)。メリティの中心地から北東の方にある、聖ジョージ教会 (Charch of St. George)。

※3 プシュテノ オロ (Pushteno Oro): フロリナ地方の伝統的なスラブ=マケドニア人の踊り。プステノ (Pusteno)、またはリトス (Lytos) とも。

 和訳はできるだけ元の歌詞の語順に合わせてみました。正確さにはあまり自信はないですが、とりあえず文意は読み取れているかと思います。歌詞は心の中の母に語り掛けるような形で、イリンデンの晩のフェスティバルの様子とエーゲ・マケドニアに住むスラブ人の逃れることのできない悲しみを表現しています。

 

メルボルンのフェスティバルで初めて披露されたこのPesna za Ovcharaniは、カセットテープに録音されてマケドニアに持ち込まれ、フォークソングとしてマケドニア地域で広まっていきました。その後ターボフォークにアレンジされて前述のEgejska Makaがリリースされますが、このとき作詞者、作曲者の名前が列記されることはありませんでした。

作詞をした詩人Krste Naumoski - Mečkarは、自分の作品であるPesna za Ovcharaniが、作者を明記せずにEgejska Makaという名前で広まっていくこのような状況を危惧し、あちらこちらのSNS等のコメント欄で警告を発し続けました。

そのおかげか最近では、Pesna za Ovcharaniの曲を載せたウェブサイトの多くでは「クリエイティブ・コモンズ著作権表示必須ライセンス(再利用を許可する)」を明記し、Krste Naumoski - Mečkarや作曲者のTode Novacevskiの名前も明示されるようになってきています。先述のSuzana SpasovskaのEgejska Makaの動画でも、詳細欄に作者名が明記されるようになりました(ただし、作詞者を間違えているのですが・・・)。なので、たぶんこの問題はすでに解決済みと思われます。

 私もこの歌が「クリエイティブ・コモンズ著作権表示必須ライセンス(再利用を許可する)」であると信じて、作者に敬意を表し名前を添えて本ブログに歌詞を掲載しています。

 

さて、Egejska Makaの盗作問題(?)が解決済みであるならばということで、あともうちょっとだけ話題を広げたいと思います。

Pesna za Ovcharani(オリジナル)とEgejska Maka(Atanas KolarovskiのOvčaraniの踊りに使われる曲)、これら二つの曲はそれぞれとても興味深い変拍子になって、比較するのも面白いです。下の楽譜を見てください。

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上はPesna za Ovcharaniの、下はEgejska Makaのイントロの部分をそれぞれ示しました。便宜上、Pesna za Ovcharaniの方は1オクターブ上げて書いています。

Pesna za Ovcharaniは(たぶん)17/16拍子です。その内訳は(4)(3)(3)(4)(3)。変拍子は普通は(2)と(3)に分けて表すことが多いですが、ここでの(4)はメロディ的には4個の16分音符がつながって流れる一つのかたまりになっています。のような感じで、二つの(2)に分けにくいように思われます。そうすると、(4)と(3)の長さの差は微妙で拍を取るのがとても難しく、正直なところこの拍子であっているのか自信がありません(どなたか確かめてください)。ひとまずこの楽譜を信頼するならば、素早く走る(4)の後で(3)がポンピングブレーキをかけるように減速することで、この曲独特のゆらゆら感を生みだしているように思います。

一方、Egejska Makaの方は16/16拍子で、リズムパターンで見ると(2)(2)(2)(3)(2)(2)(3)というふうになっています。ドンタンドンターンドンタンターン、あるいは、クィック・クィック・クィック・スロー・クィック・クィック・スローと言うとわかりやすいかと思いますが、とても軽快なリズムになっていて、これがターボフォークたるEgejska Makaの”ターボ感”を生み出しているように個人的には思います。また、この曲で踊るときには、足の動きとも連動しやすく複雑なステップを楽しめるリズムになっているように思います。

16分音符一つでこうも違うものかと、私は感心せずにはいられないのでした。(熱弁しておいて間違っていたらはずかしい・・)

 

2021.8.30追記

Pesna za Ovcharaniの拍子は、楽譜の上では17/16拍子であっていました。Pesna za OvcharaniとEgejska Makaの拍子の違い、というよりはこのフロリナ地方周辺の独特な変拍子の取り方の妙味が、実は歌詞の中のキーワード「pushteno oro(プシュテノ オロ)」に隠されています。この話はまたの機会にじっくり紹介したいと思います。

謝辞:Denćさん、コメントありがとうございました。

 

最後に、今回はイリンデンとオフチャラニの音楽を通してマケドニア地域の人々が抱える民族問題の一端を垣間見ました。マケドニアをはじめバルカン地域は美しい民謡やフォークミュージックの宝庫と言われますが、同時にこのような民族問題も歌の中に多々込められています。この地域の歌の意味を理解することは、この地域の民族の歴史や営みを理解することにもつながるのではないかと思います。

また、フォークロアというと伝統的で民間伝承で作者不明という先入観を持ってしまいがちですが、たいていのフォークソングやフォークミュージックには作者がいて、存命のことも多いです。著作権が継続しているのは決して珍しいことではありません。こうした事柄にはいつも気をつけながら、良い音楽はどうどうと良いと認めて楽しめるようになると好いですね。

あ、私が自力で書き起こしたPesna za Ovcharaniの和訳も「クリエイティブ・コモンズ著作権表示必須ライセンス(再利用を許可する)」にしておきますので、よろしうに。

 

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Discography Infomation

Title : Egejska Maka
Song : Suzana Spasovska
Album: Bomba / 9
Label : Records Senator
Format: CD
Macedonia, 2001年

from Discogs

 

 

*1:Krste Naumoski - Mečkarはオフリド湖北岸のストゥルガの近郊のミスレシェヴォ生まれ、その後メルボルンに移住。Tode Novacevskiはビトラ出身、スコピエの大学を出た後メルボルンに移住。