4回目になりました。モナ・モナ、なかなか深いですね。
前回はクリスティナ・サハキャンの「トゥン・サリ・マゼド・サリ(あなたブロンド、髪はブロンド)」を紹介しました。ヘムシン女性の装束(ヘムシン・プシスィと呼ばれるスカーフ)を考慮すると、このタイトルにも深い意味が潜んでいることがわかりました。
また、サハキャンのYouTube動画トゥン・サリ・マゼド・サリの説明欄の最後に
ハムシェン方言のホパ下位方言での歌の記録と翻訳:セルゲイ・ヴァルダニャン(Sergey Vardanyan)
という一文がありました。
今回はこの歌の出どころに迫ります。
前回の記事はこちら
balkankokkaimusic.hatenablog.com
セルゲイ・ヴァルダニャンは、トルコ、ロシアおよび中央アジアのヘムシン人(アルメニア語でハムシェン人)について研究するアルメニアの言語学者、民族誌学者です。2004年には月刊新聞「ハムシェンの声」を創刊し、現在も継続しています。
ヴァルダニャンの新聞や著書にトゥン・サリ・マゼド・サリの手掛かりがないか調べてみたところ、やはりありました。ハムシェンの声52-53号(2008年11,12月号)*1の8ページ目の記事に(アルメニア語で)書いてありました。
図の赤枠がトゥン・サリ・マゼド・サリの歌詞が掲載されています。ヴァルダニャン自身の説明文(図の水色の枠内)には
2005年に私はイスタンブールのアゴス新聞で、ホパ・ハムシェンの曲を収録したCDをリリースした歌手のギョハン・ビルベンのインタビュー記事を読んだ。(中略)アルメニア語のホパ方言の曲を収録したCDがトルコで一般に公開されたのはとても嬉しかったので、インタビューの翻訳をハムシェンの声に掲載した。(後半略)
最近「トゥン・サリ・マゼド・サリ」が収録されたギョハン・ビルベンの新しいCD「私の人生のための歌(Bir Türkü Ömrüme)」を送ってもらった。(中略)ギョハン・ビルベンの3枚のCDのホパ方言の曲と私の翻訳を読者に紹介できることを嬉しく思う。
と書かれてありました。トゥン・サリ・マゼド・サリはヘムシン人のシンガーソングライター、ギョハン・ビルベン(Gökhan Birben)の歌でした。2006年リリースのCDアルバム「ビル・テュルキュ・オェムリュメ(Bir Türkü Ömrüme)」の10番目に収録されています。YouTubeにもオフィシャルのがありました。確かめてみましょう。
トゥタタトゥタ、トゥタタトゥタ、と繰り返す5/8拍子のメロディー、確かにトゥン・サリ・マゼド・サリです。クリスティナ・サハキャンはこの歌をカバーしていたようです。
ビルベンのトゥン・サリ・マゼド・サリとモヴシシャンのモナ・モナとの違いは、発音の点を除いて、歌い出しの2行のフレーズだけです。ヴァルダニャンのアルメニア語訳に従って日本語に翻訳してみます。
Madmaned mona, mona,
マドモネト モナ モナ
Bit’un k’u moyə p’on a,
ビとぅン く モイェ ぽ ナ訳)
君の紡錘を・回せ、回せ
すべて・君の・お母さんが・していた仕事・ですTransliterlated and translated by Alagöz
あれ?
確か前々回の話では、
Ilikd mani՛r, mani՛r
イリケトゥ マニル! マニル!訳)
君の紡錘を・回せ、回せTransliterlated and translated by Alagöz
balkankokkaimusic.hatenablog.com
あれれ?
マドモネド・モナって
モナちゃん、じゃないの!?
こっち?
えー・・・
そうなんです。
「マドモネド・モナ」とは、モナ・モナの歌の最後出てきた「イリケト・マニル」というフレーズ、つまり「君の紡錘を回せ」と同じ意味なのです。
モナちゃんという女の子の名前ではないのです。
4話も引っぱって期待させといてごめんなさい。
気を取り直して解説を続けます。
「イリク・マネル(ilik manel)」は直訳すると「紡錘を・回す」ですが、そのほかに「女性にふさわしい仕事をする」という成句もあります。羊毛を紡ぐ作業だけでなく、家事全般を意味するのでしょうか。そうすると「イリケト・マニル = 君の家事をしてください」という意味に取れるかと思います。それであれば2行目の「すべて君のお母さんがしていた仕事です」にもうまく繋がると思います。いかがでしょうか。
これら2行のフレーズは、たいていの場合ワンセットで使われる決まり文句*2のようで、ヘムシンの良妻をイメージさせるキー・フレーズなのかもしれません。トゥン・サリ・マゼド・サリでは、第2段落のチャルム(前々回参照)とも繋がりが良く、最初の歌い出しにピッタリなのかもしれません。
そうすると、モナ・モナの方はどうなるのでしょう?この2行のキー・フレーズが初恋のシーンと置き換わっているのはなぜか?モナ・モナを制作したカルタシャンたちがトルコのヘムシン地区へ行って習ってきたものなのか、それともカルタシャンが意図的に置き換えたのか?
もう少し突っ込みたいところですが、今回はモナちゃんショックが大きいのでここまでにしておきます。次回こそはまとめられれば・・・と思います。
*1:Dzayn Hamshenakan, Vol.52-53,
https://dzaynhamshenakan.org/wp-content/uploads/2020/03/n5253.pdf
*2:ヴォヴァ(Vova)のクックン・クカ・ゴンチャグ(Kukkun kuka gonçagu、7/8拍子、2005年)やアルタン・ジヴェレク(Altan Civelek)のマドモン(Madmon (Madmoned Mona, Mona)、タイトルは同じだがストーリーは異なる、年代不明)の歌の中にもセットで出てきます。