Balkan Folk Music Discography

バルカン半島~黒海周辺地域の音楽と踊りを深掘りするブログ

ディナタ/ホームカミング(Dynata / Homecoming)【前編】

今回はちょっと趣向を変えて、最初に アテネ・オリンピック 2004 の閉会式のワン・シーンから始めます。閉会式のオフィシャル動画がありましたので、まずはそのシーンを見てみましょう。

閉会式の最終盤、オリンピック旗降納、聖火消灯に続いて、ギリシャを代表する6人の歌手がスタジアム中央に登場、そして今回のテーマの歌のシーン(2:31:20あたり)が始まります。

 

www.youtube.com

 

「ディナター、ディナター」の歌声に合わせて、会場周囲に無数の花火が打ち上ります。このシーンだけでもなかなか見ごたえがあります。

 

お待たせしました。今回のテーマはディナタ(Dynata または Dinata)です。ギリシャではおそらく最も国民に愛されている歌の一つでしょう。

 

ギリシャのポップスター、エレフセリア・アルヴァニターキ(Elefthería Arvanitáki)が歌うこの曲は、ギリシャで最も著名な作詞家の一人として知られるリーナ・ニコラコプール(Lína Nikolakopoúlou)と、世界で最も優れたウード奏者の一人、ミュージシャンのアラ・ディンクジアン(Ara Dinkjian)によって制作された、あちこち「最も」だらけの贅沢な楽曲です。

フル・コーラスは下のオフィシャル動画で聴くことができます。

 

youtu.beΕλευθερία Αρβανιτάκη - Δυνατά
Eleftheria Arvanitaki - Dynata - Official Video Clip

  • 歌 :Eleftheria Arvanitáki
  • 作詞:Lína Nikolakopoúlou
  • 作曲:Ara Dinkjian
  • イベント:Zontaná Stous Vráchous - Kalokaíri '95(Live in the Rocks - Summer '95)
  • 場所・時:Théatro Vráchon Melína Merkoúri(Melina Mercouri Open Air Theatre)アテネ、1995
  • 映像出典:COBALT MUSIC

 

イントロはちょっと「あれれ?」と思うかもしれませんが、それはおいといて、アルヴァニターキの後ろでジュンビュシュ(Cümbüş)というバンジョーに似たトルコの弦楽器を弾いているのがアラ・ディンクジアン本人です。

 

youtu.been.wikipedia.org

 

「ディナタ」は ギリシャ語で「可能なを意味します。特に歌のサビの部分では「ディナター、ディナター(可能だ、可能だ)」と連呼しています。

ちょっとだけ、引用の範囲で歌詞の一部を紹介すると、

Dynatá, dynatá
gínan óla dynatá t' adýnata
 可能だ、可能だ
 不可能なことがすべて可能になった

Ki anamméno pet
spírto i gi ston ouranó
 そして大地は空に
 火のついたマッチを投げる

Dynatá, dynatá
ki ópos páne tou choroú ta vímata
 可能だ、可能だ
 そしてダンスのステップが進むにつれて

me ta chéria anoichtá
óla ta perifronó
 両腕を広げたまま
 それらすべてを(私は)軽蔑する

詞:Lína Nikolakopoúlou
訳: Alagöz隊長

これは歌詞のサビの部分です。一語一語はとてもシンプルですが、その表現は抽象的、あるいは隠喩的で、そこには大きな時流のうねりと心の葛藤が織り込まれています。

実際、この歌詞は少し奇妙な状況で書かれたようです。リーナ・ニコラコプールによれば「1991年に起こった湾岸戦争でミサイルが発射されるテレビ報道を見てこの歌詞が生まれた」*1とのこと。上記のサビの二段落目の「大地は空に火のついたマッチを投げる」に、その出来事が暗に表現されています。

苦難にじっと耐えたのちに可能性は開ける。しかしすべてが可能になる一方で内なる破滅は進み再び苦難を迎える。どこに希望の光が差しているかはわからないけれど、それでも高く見上げて諦めないこと、それがこの歌の趣旨ではないかと思います。

 

さて、ここまではギリシャでのお話でした。しかしこの音楽にはまだ別の話が続きます。

 

今度はディナタの音楽(演奏)の方に注目してみましょう。

この音楽は、もとはアラ・ディンクジアンが作曲し自身のバンド・グループで演奏したホームカミング(Homecoming(帰郷))という1986年のインストゥルメンタル楽曲です。つまり、もともとディナタの歌のために作曲されたものではないのです。

そもそも、アラ・ディンクジアン自身はギリシャ人ではありません。アルメニアアメリカ人です。またホームカミングという楽曲も、ギリシャ人やギリシャに関する出来事を思い描いた作品ではありません。使用される楽器もギリシャの隣のトルコや西アジア地域の民族楽器が主に用いられます。

 

そのような、ある意味“異国”の音楽をベースにしたディナタが、なぜオリンピック閉会式でトリを飾るギリシャ代表の曲の一つに選ばれたのでしょうか?

 

今回はここまで。

この続きは【後編】で。◼️

 

*1:Dinata Dinata – Eleftheria Arvanitaki, Greek music Greek songs [link]