今回はセルビア(旧ユーゴスラビア)の1960年代の曲、ツィガンスキ・オリイェントを紹介します。
Bata Kanda - Ciganski orijent - (Audio 1965) HD
- 映像提供 :PGP RTS(セルビア公共放送)公式チャンネル
- ライセンス:Videomite Music(PGP RTSの代理)
- 演奏 :Vladeta Kandic - Ansambl Vladete Kandića
Solist: A. Šišić - アルバム :Kola
- レーベル :PGP-RTB 14347 (1965, ユーゴスラビア)
ツィガンスキのツィガン(Cigan)とはロマ(ジプシー)のこと。オリイェント(Orjient)はオリエント(東洋)のこと、ではなく、ここではオリエント急行を指すと言われています [1]。
オリエント急行は、かつてフランスのパリからトルコのイスタンブールまでを約1日でつないだ国際寝台急行列車。数々の小説や映画の舞台にもなりました。
上図は第2次大戦後のオリエント急行の鉄道網です [2]。いわゆるオリエント急行は上図の青い線で表され、イギリスのロンドン(連絡船経由)からトルコのイスタンブールまでをつないでいました。マゼンタの線はシンプロン・オリエント急行で、ヨーロッパ南部をカバーするとともに、戦前は枢軸国側領土を回避して東西をつないでいた経路とのこと。東・南へはセルビア(ユーゴスラビア)のベオグラード - ニーシュ間を経由して、東のトルコ・イスタンブール行きと南のギリシャ・アテネ行きに分かれます。
ベオグラード - ニーシュ間はヨーロッパからオリエント(イスタンブール)へ向かうときに必ず通る経路の一つ。さしずめこの楽曲は、セルビアのド真ん中を疾走するオリエント急行のイメージ*1というところでしょうか。
なお、上図右上の電気機関車は日本のものです。1988年にフジテレビ企画でオリエント急行の車両を日本に呼び寄せました [3]。パリからワルシャワ - モスクワ - 北京 - 香港経由で広島 - 東京間を走ったとのこと。いかにもバブル期真っただ中の出来事です。
冒頭の楽曲に戻ります。このツィガンスキ・オリイェントはバタ・カンダ(Bata Kanda)率いるヴラデタ・カンディッチ楽団(Ansambl Vladete Kandića)の「コロ(Kolo)」というアルバムの1曲。バタ・カンダについては「カンドロ」という曲でも以前紹介しました。以下を参照のこと。
ところで、ユーゴスラビアで人気を博したこの楽団には、バイオリンのレギュラー・メンバーはいませんでした。上の動画にあったレコードジャケットのメンバー写真にもバイオリン奏者は写っていません。
実は冒頭の曲ではバイオリンがソリストとして入っていました。奏者はアレクサンダル・”アツァ”・シシッチ(Aleksandar Aca Šišić)。ベオグラード国営放送(RTB)管弦楽団のバイオリニストです。シシッチの名前がジャケットの表面に記されたレコードの出版は1970年代以降ですので、冒頭の1965年のレコードは彼がメジャーになる前の貴重な音源の一つと言えるでしょう。
ヴラデタ・カンディッチのレコードから10年後の1975年には自身のレコード「ヴラニッツァ・コロ(Varnica Kolo)」の中で、同じ曲を「オリイェント(Orijent)」というタイトルで再録しています(Ciganskiが外されました)。中身はほぼ同じですが、少し速めです。
Aleksandar Sisic - Orijent - (Audio 1975) HD
- 映像提供 :PGP RTS(セルビア公共放送)公式チャンネル
- ライセンス:Videomite Music(PGP RTS の代理)
- 演奏 :Aleksandar Aca Sisic
- アルバム :Varnica Kolo
- レーベル :PGP-RTB 14417 (1975, ユーゴスラビア)
アレクサンダル・シシッチ(1937-2007)はユーゴスラビア王国ベオグラード市オブレノヴァツ村生まれのセルビア人。セルビアの最も重要な民族アーティストの一人に数えられます。前述のとおりRTB管弦楽団のバイオリニストとして活動するとともに、1970年以降はソリストとしてのキャリアも築いてきました [4]。
最後に、シシッチの超絶ぶりがよく表れている速弾きの曲を1曲、ツィガンスキ・スタカート(Ciganski Stakato)を紹介します。
Aleksandar Sisic - Ciganski stakato - (Audio 1991) HD
- 映像提供 :PGP RTS(セルビア公共放送)公式チャンネル
- ライセンス:Videomite Music(PGP RTS の代理)
- 演奏 :Aleksandar Aca Sisic
- アルバム :Kola
- レーベル :PGP-RTB 400327 (1991, ユーゴスラビア)
すごい。驚愕。
これ以上言葉が出ない。
ロマ・ミュージシャン顔負けの超絶速弾きですが、ロマの人たちに言わせると彼はロマニ語がまったくわからないとのこと。また、RTB管弦楽団のとある公演では、客席から一人の男がステージに登ってきてシシッチをひっかき回しました。その男は、人の手でそんなスピードと正確さでバイオリンを弾けるとは信じられず、「彼らが演奏する電気ストリングス」を探し始めた [5]、のだそうな。
出所不明のWikipedia情報なので本当かどうか。いろんな逸話があるようです。■
【参考】