Balkan Folk Music Discography

バルカン半島~黒海周辺地域の音楽と踊りを深掘りするブログ

コツァーキャ(Kotsákia)

今回はギリシャです。エーゲ海に浮かぶナクソス島のコツァーキャを紹介します。

 

先に場所を示しておきましょう。ナクソスは、エーゲ海中央に位置するキクラデス諸島の中で最も大きな島です。ギリシャ神話では、ナクソス島のザス山の洞穴で最高神ゼウスが幼少期を過ごしたと言われており、アポロ神殿跡やディミトラ神殿跡など島の各地に有名な史跡があります。

今回の舞台はナクソス島中央の山岳部の村、アピランソス付近です。下に地図を示します。地図右下のをクリックして拡大していくとアピランソス村の位置がわかります。

 

それでは、コツァーキャの音楽を一つ紹介します。いくつか異なるバージョンがありますが、次の動画はナクソス島出身の音楽家ニコス・ハヅォープロス(Νίκος Χατζόπουλος / Nikos Hatzopoulos)のバージョンです。

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Discography Information

曲名:Kotsakia
作曲:Traditional
演奏:Nikos Hatzopoulos & The Union From Koronida In Naxos
アルバム:Brovalete Sta Domata Na Dite Xefantomata / 6
レーベル:Protasis - Greece
リリース:2005年

 

音楽は、一瞬シンセサイザーを彷彿させるような民族楽器ツァンブーナ(Τσαμπούνα(Tsampoúna)/ Tsambuna, Tsabuna;バグパイプの一種)の音から始まり、続いてダウーリ(Νταούλι(Ntaoúli)/ Dauli;大太鼓)とパーカッションの力強いリズムが加わります。ニコス・ハヅォープロスのバージョンでは、後続の伴奏とパーカッションが現代風なためか、民俗っぽさが薄めのクールなアレンジになっているように思います。

ツァンブーナは山羊皮のバッグの先に2本のチャンター管(メロディ管)を平行に取り付けた構造をしており、異なる2音を同時に鳴らすことができます。そのため、和楽器の笙のように音をハモらせたり不協和音を唸らせたりアクセントをつけたりと、複雑なアーティキュレーションを演出することができます。下の動画はツァンブーナの演奏例です。

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次に歌について、曲のタイトルはコツァーキャ(Κοτσάκια(Kotsákia)/ Kotsakia)と読みます。シンプルにコツァキアと読んでもいいですが、本ブログではできるだけ現代ギリシャ語発音に近くなるようコツァーキャと表記します。

コツァーキ(Κοτσάκι(Kotsáki)/ Kotsaki)というのは8音節の文句を二つセットにした二行連句という詩歌の形式を指します。ギリシャの島々ではこのような詩歌をマンディナーダ(Μαντινάδα(Mantináda)/ Mandinada;マンディナデスとも)と呼んでいますが、特にナクソス島のアピランソス村あたりではコツァーキと言うのだそうです。なお、コツァーキャはコツァーキの複数形です。

コツァーキャのトピックスは主に恋愛や風刺などで、即興的に演奏の中で歌い込まれます。そのせいか特定の歌詞というものは決まっていないようです。日本の民謡で言えば河内音頭江州音頭のようなノリでしょうか。

 

最後に、コツァーキャの踊りの例も紹介しておきましょう。

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この動画は、クレタ島を拠点にギリシャ文化遺産の保存と普及を推進する団体、パラドシアコ・エルガスティリ・ホルー(Παραδοσιακό Εργαστήρι Χορού(Paradosiakó Ergastíri Choroú);伝統舞踊ワークショップ)によって公開されています。

踊りの形態は、Tポジション(両腕を横に伸ばし両隣の人の肩にそれぞれ手を置く)で互いにつながってライン(オープンサークル)を作り、多様なステップを踏みながらラインに沿って主に右手側に進みます。踊り方は、基本的にはラインの先頭のリーダーの動きに合わせます。ただし、ギリシャの踊りではリーダーが跳ねたり回転したりと個人パフォーマンスに走ることもよくあります。その場合は二番手あるいは三番手あたりの人を見て踊りを揃えることになります。

バックの生演奏からは、ニコス・ハヅォープロスの音源とは少し異なる、素朴で伝統的な響きを感じることができると思います。聴き比べて音楽を味わってみてください。

ブルゥル・ぺ・シャセ(Brâul pe Șase)

前回はモルドバのモダンなフォークだったので、今回はお隣ルーマニアのトラッドなフォークで。ルーマニアの伝統楽器ナイを用いた楽曲を紹介します。

 

楽曲紹介

下のYouTubeルーマニアのナイ奏者ラドゥ・シミオン(Radu Simion, 1940-2015)による「ブルゥル・ぺ・シャセ(Brâul pe Șase)」(1970年代)です。(曲が古いせいか動く映像は見つかりませんでした。)

 

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もともとテンポの速い曲でバックのバイオリンも超絶なのですが、マシンガンのように繰り出されるナイの超絶タンギングになんとも圧倒されます。とても真似できません。

 

Brâul pe Șase

「ブルゥ(Brâ)」とはもとは「ベルト」という意味(-ulは後置定冠詞)で、ベルト・ホールドでつながってラインで踊るダンスの種類を指します。隣接するセルビアブルガリアなどでは現在もこのようなダンス形態がありますが、現在のルーマニアではほとんど連手や肩を組む(右(左)側の人の左(右)肩に左(右)側の人の右(左)手を置く)形態に変わっています。「シャセ(Șase)」は数字の「6」。「Brâ-ul pe Șase」は「The Belt on Six(6でブルゥ)」というところでしょうか。音楽を聴くとわかると思いますが、6拍(2/4拍子で3小節)で1フレーズになっています。

なお、ブルゥル・ぺ・シャセは6拍で踊られるブルゥの総称であり、上のYouTubeの楽曲固有の名称ではありません。他にもブルゥル・ぺ・シャセという名前の音楽やダンスがたくさんあります。ダンスの雰囲気も見せたかったのですが、(古すぎるせいか)良い動画が見つからなかったので、残念ながらダンスは割愛させて頂きます。

 

ナイ(Nai)

この音楽で使われるナイという楽器は、17世紀頃からルーマニアラウタリ(lăutar、ロマの音楽家一族で構成される楽団)で使用されてきた、伝統的なパン・フルート(パンパイプ)です。現在の形態は20数本の長さの異なる竹または葦製のパイプが湾曲して配置されており、一般的には右手側が低音になっています。

 

Panflute1
ナイ(Nai)
Alexander Kerschhofer (alias Multimann), CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

 

「ナイ」という名称はペルシャ語起源とのこと。ルーマニアにはもともと「フルイエラル(fluierar、シギ(鳥)の一種)」または「シュエラシュ(șueraș、ネズミ)」という名前でパンパイプがありましたが、中世にオスマン・テュルク人を介して異なる種類のパンパイプが再び入ってきたことが示唆されています*1

20世紀に入るとナイは一般的ではなくなり、第2次世界大戦の頃には奏者もほとんどいなくなっていました。そんな中、ファニカ・ルカ(Fănică Luca)という名演奏家が現れ、状況は一変します。19世紀まで管の本数は1オクターブ強をカバーする8~10本程度でしたが、ルカは全音階B1からG4までの20本に管を増やし、ナイでソロ演奏可能な音楽の幅を広げました。また後進の指導にも精力的でした。ルカの有名な門下生にはゲオルゲ・ザムフィル(Gheorghe Zamfir)ダミアン・ルカ(Damian Luca)、そして前述のラドゥ・シミオン(Radu Simion)がいます。

 

最後に、ナイの力を存分に発揮する名曲「チョカルリア(Ciocârlia)」の動画をあげておきます。奏者は前出のルカの弟子の一人、ゲオルゲ・ザムフィルです。

「チョカルリア」は「雲雀(ひばり)」のこと。雲雀の甲高い鳴き声を楽器で奏でるのがこの曲の醍醐味。バイオリンで奏でるバージョン(例えば古澤巌のLark IIIなど)もありますが、やはりナイで吹くのがこの曲には合っているのではないかなと私は思います。(ザムフィルのはアドリブがちょっと長いんですが・・)

 

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ホラ・ディン・モルドバ(Hora din Moldova)

前回ベーナズ(Behnaz / Arash)の話の中で、2009年のユーロビジョンソング・コンテスト(Eurovision) の話題にちらっとだけ触れました。ヨーロッパおよびその周辺国では各国代表によるこのイベントが毎年行われています。2009年の大会(Eurovision 2009)はロシア共和国のモスクワで開催、43か国の各代表で競われました。前回話題のアイセル&アーラシュのアゼルバイジャン共和国代表は第3位に輝きました。

今回は、そのEurovision 2009出場者の歌から一曲、モルドバ共和国代表、ネリー・チョバヌの「ホラ・ディン・モルドバ」を紹介したいと思います。他の国の代表たちと比べて、ビジュアルのインパクトが強いというか、もうベクトルが違いすぎるので(笑)

 

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タイトルの「Hora din Moldova」は「モルドバのホラ(踊り)」。そのまんま。とてもわかりやすいです。

モルドバ(Moldova、モルドヴァ)はルーマニアウクライナに挟まれた内陸国。14世紀にルーマニア人によって建国されたモルダビア公国がルーツのため(歴史的経緯は複雑ですが)、モルドバ語はほぼルーマニア語と同じです。

 

 

歌詞について、Eurovision 2009向けバージョンではモルドバ語と英語のミックスになっています。出場前のPVでは英語の分量が多かったのですが、出演当日は大部分がモルドバ語に置き換わっています。また、モルドバ語フルコーラスのロングバージョンもあるようです。が・・・

 

まあそんなことよりも、ケーケーケーとか、テラテラーとか、ウーウォウォーとか、ルーとか、ヘッヘーイとか、シャッラーラライとか・・・、とにかく無意味な言葉が多い多い!

モルドバ語がわからなくても、一度聴いたらもうばっちり耳に残ります。

 

また、ネリ―の衣装もさることながら、4人のバックダンサーがアクロバティックで、ダンスもモルドバルーマニアの域を超えてロシア、コーカサスハンガリーっぽいですし、後ろで棒を振り回しているおじさんも最後まで謎。ヨーロッパ世界の大舞台にもかかわらずもう何でもアリな感じが実にたまらないです。

 

Eurovision 2009では決勝進出するも14位と残念ながら伸びなかったのですが、モルドバ国内では大変な人気のようです。少し動画を探すだけでも、多くの歌手がこの曲をカバーしており、また子供たちのダンスパフォーマンスなどでもよく使われているのがわかります。子供たちのダンス映像は個人チャンネルからの投稿が多く、公的で良さげものがなかなか見つからないのですが、例えばこれなどはいかがでしょうか?

 

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これはモルドバ共和国南東部のカウシェニ地区公立図書館(Biblioteca Publică Raională „Ion Ungureanu” Căușeni)が公開している動画で、2017年3月4日実施の国際女性デーとモルドバ平和部隊週間に捧げられた多文化イベントでの一場面です。国内のさまざまな地区で活動する約30人の平和部隊ボランティアが参加しているとのことです。(この子供たちもボランティアなのかな?)

 

最後に

ヘッヘーイ! ヘッヘーイ!
ハーラー ホーラ、ハラ ホラ ディン モルドヴァ
(ホラを踊ろう、モルドヴァのホラを踊ろう!)

  ↑ ちゃんと意味ありました。

 

Discography Information

曲名:Hora din Moldova
作詞:Andrei Hadjiu and Aris Kalimeris
作曲:Veaceslav Daniliu
歌 :Nelly Ciobanu
フォーマット:CD-ROM, Maxi-Single
レーベル:Teleradio - Moldova
リリース年:2009