Balkan Folk Music Discography

バルカン半島~黒海周辺地域の音楽と踊りを深掘りするブログ

ブルゥル・ぺ・シャセ(Brâul pe Șase)

前回はモルドバのモダンなフォークだったので、今回はお隣ルーマニアのトラッドなフォークで。ルーマニアの伝統楽器ナイを用いた楽曲を紹介します。

 

楽曲紹介

下のYouTubeルーマニアのナイ奏者ラドゥ・シミオン(Radu Simion, 1940-2015)による「ブルゥル・ぺ・シャセ(Brâul pe Șase)」(1970年代)です。(曲が古いせいか動く映像は見つかりませんでした。)

 

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もともとテンポの速い曲でバックのバイオリンも超絶なのですが、マシンガンのように繰り出されるナイの超絶タンギングになんとも圧倒されます。とても真似できません。

 

Brâul pe Șase

「ブルゥ(Brâ)」とはもとは「ベルト」という意味(-ulは後置定冠詞)で、ベルト・ホールドでつながってラインで踊るダンスの種類を指します。隣接するセルビアブルガリアなどでは現在もこのようなダンス形態がありますが、現在のルーマニアではほとんど連手や肩を組む(右(左)側の人の左(右)肩に左(右)側の人の右(左)手を置く)形態に変わっています。「シャセ(Șase)」は数字の「6」。「Brâ-ul pe Șase」は「The Belt on Six(6でブルゥ)」というところでしょうか。音楽を聴くとわかると思いますが、6拍(2/4拍子で3小節)で1フレーズになっています。

なお、ブルゥル・ぺ・シャセは6拍で踊られるブルゥの総称であり、上のYouTubeの楽曲固有の名称ではありません。他にもブルゥル・ぺ・シャセという名前の音楽やダンスがたくさんあります。ダンスの雰囲気も見せたかったのですが、(古すぎるせいか)良い動画が見つからなかったので、残念ながらダンスは割愛させて頂きます。

 

ナイ(Nai)

この音楽で使われるナイという楽器は、17世紀頃からルーマニアラウタリ(lăutar、ロマの音楽家一族で構成される楽団)で使用されてきた、伝統的なパン・フルート(パンパイプ)です。現在の形態は20数本の長さの異なる竹または葦製のパイプが湾曲して配置されており、一般的には右手側が低音になっています。

 

Panflute1
ナイ(Nai)
Alexander Kerschhofer (alias Multimann), CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

 

「ナイ」という名称はペルシャ語起源とのこと。ルーマニアにはもともと「フルイエラル(fluierar、シギ(鳥)の一種)」または「シュエラシュ(șueraș、ネズミ)」という名前でパンパイプがありましたが、中世にオスマン・テュルク人を介して異なる種類のパンパイプが再び入ってきたことが示唆されています*1

20世紀に入るとナイは一般的ではなくなり、第2次世界大戦の頃には奏者もほとんどいなくなっていました。そんな中、ファニカ・ルカ(Fănică Luca)という名演奏家が現れ、状況は一変します。19世紀まで管の本数は1オクターブ強をカバーする8~10本程度でしたが、ルカは全音階B1からG4までの20本に管を増やし、ナイでソロ演奏可能な音楽の幅を広げました。また後進の指導にも精力的でした。ルカの有名な門下生にはゲオルゲ・ザムフィル(Gheorghe Zamfir)ダミアン・ルカ(Damian Luca)、そして前述のラドゥ・シミオン(Radu Simion)がいます。

 

最後に、ナイの力を存分に発揮する名曲「チョカルリア(Ciocârlia)」の動画をあげておきます。奏者は前出のルカの弟子の一人、ゲオルゲ・ザムフィルです。

「チョカルリア」は「雲雀(ひばり)」のこと。雲雀の甲高い鳴き声を楽器で奏でるのがこの曲の醍醐味。バイオリンで奏でるバージョン(例えば古澤巌のLark IIIなど)もありますが、やはりナイで吹くのがこの曲には合っているのではないかなと私は思います。(ザムフィルのはアドリブがちょっと長いんですが・・)

 

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