Balkan Folk Music Discography

バルカン半島~黒海周辺地域の音楽と踊りを深掘りするブログ

Itiá ~緩々としたクラリネットのメロディと伝統舞踊ツァミコス~(ギリシャ)

今回のテーマはギリシャのフォーク音楽 Itiá(イティヤ、イティヒャ)です。

最初の曲は、1955年にリリースされた Itia Moschoitia(イティヤ・モシホイティヤ)のレコード音源から。1930年代から1970年代の長きにわたりギリシャ民俗音楽の分野でプロの歌手として活躍した Giorgos Papasideris(ヨルゴス・パパシデリス)による歌の録音音源です。

 

Itia Itia Moshoitia

Giorgos Papasideris, Dimotiki Anthologia, Greece (1976)

 

緩々と奏でられる3拍子のクラリネットのメロディが印象的な一曲。古代から現代に続く悠久の時の流れを思わせるようです。

 

歌のタイトル中の「Itiá(Ιτιά / イティヤ)」は、ギリシャ語で「ヤナギ(柳)」を意味します。しかし、第一印象で「枝垂れ柳」を想像するとミスリードしてしまうかもしれません。

ここではタイトルに含まれるもう一つの単語「Moschoitia(Μοσχοϊτιά / モシホイティヤ)」が手掛かりになります。

「モシホイティヤ」は、「モシホ(ムスクの)」+「イティヤ(ヤナギ)」で「ムスクの香りのするヤナギ」というところでしょうか。一般には「ヤナギバグミ(柳葉茱萸)」、「ロシアン・オリーブ」、「シルバーベリー」、「オレアスター(Oleaster)」などと呼ばれる植物*1を指すそうです。ヤナギの葉に似た細く銀色に輝く葉が特徴的な、ヤナギともオリーブとも異なる種類の植物です。枝に甘い香りのする黄色い可憐な花が多数咲きます。

以下では無理に訳さずに「イティヤ」、「モシホイティヤ」と呼ぶことにします。

 

※ AIによるイメージです。

 

次に歌詞を見て行きます。

歌の基本的な部分は伝統的とされ、ギリシャでは小学校で習うそうです。しかし、レコードに録音された歌ではそれぞれプロの作詞家が手を加えているため、誰の歌がまじりっけなしの伝承歌なのかよくわかりません。念のため、ギリシャの公的機関である自然環境・気候変動機構 O.FU.PE.K.A(英語名NECCA)が(なぜか?)紹介している歌詞を引用します。

 

Itiá, itiá moschoïtiá
mou ’cheis maránei tin kardiá

Itiá, itiá louloudiasméni
sy mou ’cheis tin kardiá kaméni

Itiá, itiá louloudiasméni
pós moschovolás kaiméni

Itiá, itiá mésa sto réma
pos s’ agapó den eínai pséma

Itiá mou se parakaló
skýpse na kópso ton anthó

出典:Ιτιά - Ο.ΦΥ.ΠΕ.Κ.Α., necca.gov.gr [link]

 

イティヤよ、イティヤ、モシホイティヤ
あなたは私の⼼を枯れさせた

イティヤよ、イティヤ、花が咲いた
あなたは私の⼼を焼き尽くした

イティヤよ、イティヤ、花が咲いた
どうしてそんなに⾹り⽴つのか、かわいそうに

イティヤよ、イティヤ、⼩川の中で
私があなたを愛しているのは嘘ではない

イティヤよ、お願いだ
かがんで、花を摘ませておくれ

 

歌詞の3段落目と5段落目からも読み取れるように、イティヤは香り立つ花の咲く木をイメージしています。あまり匂いが意識されない枝垂れ柳とはイメージが異なるようです。

 

さらに、上記の出典(O.FU.PE.K.A)によれば、

中央ギリシャ

コメント:ツァミコの足跡をたどり、最も有名で広く普及した曲の一つ。 最愛の人の象徴であるイティヤを賛美する寓話(ぐうわ)的な内容となっています。

とのこと。最愛の人を香しい花の咲く木にたとえているわけですね。

 

なお、コメントにある「ツァミコ」とは、中央ギリシャ、テッサリア、ペロポネソス、イピロスなど、ギリシャ西部の各地方で踊られる3拍子の伝統舞踊のこと。「ツァミコス」とも言います。特に1821年のオスマン帝国からの独立戦争と紐づいて、ギリシャでは象徴的な意味を持つ民俗舞踊の一つにも数えられます。民俗舞踊については後ほど簡単に触れます。

 

この曲は、1950年代から60年代にかけて多くの歌手によって歌われました。以下主だった楽曲を並べてみます。

 

Kostas Roukounas(コスタス・ルクナス)のItia Itia Louloudiasmeni(イティヤ・イティヤ・ルルディヤスメニ)、1952年。

Itia Itia Louloudiasmeni - Kostas Roukounas, I Megali Tou Dimotikou Tragoudiou, 1952 Minos - EMI SA, Released on: 1984-12-09.

 

Giota Lidia(ヨタ・リディヤ)のItia、1960年。

Itia - Giota Lidia, Levedika Dimotika Tragoudia, 1960 Minos - EMI SA, Released on: 1973-02-01.

 

Georgia Mittaki(イェオルギャ・ミタキ)のItia Louloudiasmeni(イティヤ・ルルディヤスメニ)、1961年頃。

Itia Louloudiasmeni - Georgia Mitaki - Itia Louloudiasmeni, Vlaha Paei Gia Ti Stani (1953 - 62 Authentic Recordings) Vol. 2, VintageMusic gr, Greece (2013)

 

他にも多数あってとても紹介しきれません。クラリネットがメインの曲が大多数ですが、リュートやバイオリンがメインのバージョンもあり、それぞれに個性があります。ただしこのフラッピーなメロディのため、平均律で調律されているピアノなどの楽器とは相性があまりよくないようです。

今回は1950~60年代の曲に絞ってピックアップしてみましたが、最近のものでも味のある曲はいくつもあります。「Itia」、「Itia Louloudiasmeni」、「Itia Moshoitia」などで検索すると山のように出てきますので、ぜひお気に入りの1曲を探してみてください。

 

最後はイティヤで踊られるギリシャ民俗舞踊のツァミコス(Tsamikos)を取り上げます。

既出の記事(オソゴフカ、2024年2月8日)にも出てきた民俗衣装フスタネーラがギリシャ人の精神を象徴しています。ラインの先頭のリーダーのアクロバティックな動きがとても興味深いです踊りです。

ちなみに、リーダーがひときわ激しいパフォーマンスをしているときは、他の人は踊らずその場に立ったまま見守るのが慣例のようです。このパフォーマンスのために5、6分くらいじっと待たされることもあるようです。■

 

Itia itia Giota Gríva Video Live 2020

yianni jovanni

 

今回紹介した曲

Itia Itia Moshoitia

Itia Itia Moshoitia

  • Γιώργος Παπασιδέρης
  • ワールド
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes
Itia Itia Louloudiasmeni

Itia Itia Louloudiasmeni

  • Kostas Roukounas
  • ワールド
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes
Itia

Itia

  • Γιώτα Λίδια
  • ワールド
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes
Itia Louloudiasmeni

Itia Louloudiasmeni

  • Georgia Mittaki
  • ワールド
  • ¥153
  • provided courtesy of iTunes

*1:Ελαίαγνος ή Μοσχοϊτιά (Elaeagnus angustifolia) - ANTEMISARIS [link]

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Mugur, mugurel ~19世紀の反逆の歌~(ルーマニア)

今回はルーマニア・ムンテニア地方の音楽、Mugur, mugurel(ムグル・ムグレル)を取り上げます。

1曲目は、ルーマニア放送協会傘下のポピュラー音楽放送管弦楽団(Orchestra de muzică populară Radio、指揮:Paraschiv Oprea)による演奏から。

 

Mugur, Mugurel (original)
Choir conducted by Paraschiv Oprea, Greetings From Romania Vol 2, 1994 Intercont Music, Romania.

 

これぞルーマニアン・フォークという感じの、1拍目が2拍目よりもわずかに長い不均等拍子で特徴づけられるメロディ。楽器編成は主にバイオリンを始めとする弦楽器が中心で、ムンテニア地方では牧歌的な音色の笛も加わります。上の音源ではさらにツァンバル(打弦楽器、ツィンバロン)や、現代楽器のアコーディオンとクラリネットの音も聴こえます。

 

タイトルの「Mugur, mugurel」は「蕾、小さな蕾」。春の到来を待ちわびる蕾(つぼみ)または若い芽を意味します。

この曲は古く、200年以上前の1820年にワラキア公国(ルーマニア南部のムンテニア地方およびオルテニア地方にかつて存在した国、ドナウ川の対岸はブルガリア)で生まれました。ワラキアの首都ブカレストで教会音楽を学び、その才能ゆえブカレスト司教の命によりギリシャ語聖歌の翻訳に従事していた若者アントン・パン(Anton Pann)が、アルジェシュ郡司教イラリオン・ゴールギアディス(Ilarion Gheorghiadis)の詩にメロディをつけたことに始まります。

そう、この曲には歌があるのです。

 

2曲目は、ルーマニア正教会合唱団「TRONOS」によるMugur, mugurelの合唱です。

 

Mugur Mugurel (din folclor)
TRONOS - corul de psalți al Patriarhiei Române, Concert în Biserica Șerban Vodă (Toporaș), Concert în Biserica Șerban Vodă (Toporaș), Released on: 2009-11-15, Romania

 

本来のMugur, mugurelは、このような教会で歌う合唱スタイルの音楽だったのかもしれません。司教イラリオン・ゴールギアディスが書いたという詩を見てみましょう。

 

Mugur, mugurel
詩:Ilarion Gheorghiadis

Mugur,mugur, mugurel
Fă-te curând măricel,
Înfrunzeşte frumuşel, Mugur...

Că tu dacă înverzeşti, Mugur...
Pe toate le veseleşti, Mugur...

Că ne-am săturat de iarnă, Mugur...
Şi de răutate-n ţară, Mugur...

Bate-i, Doamne, pe ciocoi, Mugur...
Cum ne bat şi ei pe noi, Mugur...

Mugur, mugur, mugurel,
Fă-te curând măricel,
Înfrunzeşte frumuşel, Mugur...

 

和訳:

蕾、蕾、小さな蕾、
早く大きくなって、
すてきな緑の葉になれ、蕾、 ...

あなたが緑の葉になれば、蕾 ...
あなたは皆を喜ばせるから、蕾 ..

私たちは冬に飽きたから、蕾 ...
そして、国の中での憎しみにも、蕾 ..

主よ、搾取者たちを打ちたまえ、蕾 ...
彼らが私たちを打つように、蕾 ..

蕾、蕾、小さな蕾
早く大きくなって、
すてきな緑の葉になれ、蕾 ..

 

Runway

 

春を迎える小さな蕾の話と思いきや、どこか変。この詩からは何か国の現状への不満のようなものが窺えます。

 

当時のワラキア公国はオスマン帝国から特権を得ていたギリシャ人の公によって支配されており、民衆は膨大な金品、物資を搾取されていました。また、オスマン帝国、オーストリア帝国、そしてロシア帝国の間での度重なる戦争により、土地は荒廃し手工業の発展も阻害され、民衆は帝国に対する強い不満を募らせていました。

一方、この頃はオスマン帝国の弱体化が徐々に進み、バルカン半島の諸民族の間では独立の気運が高まりつつありました。

 

The region of Wallachia (Muntenia + Oltenia)
Public domain, via Wikimedia Commons

 

そして1821年、ついにワラキアで蜂起が起きます。蜂起を先導したのはワラキアの軍人・商人のTudor Vladimrescu(トゥードル・ヴラディミレスク)。ギリシャ人ではなくルーマニア人によるルーマニア支配を要求し、ルーマニア人で構成されたパンドゥーリ(民兵)を率いて立ち上がりました。

この蜂起は結局は失敗に終わりましたが、ワラキアでのギリシャ人統治が表面化したことでオスマン帝国はこれを廃止、以後ルーマニア人の貴族が君主に就任するようになりました。その後ワラキアは隣国モルダヴィアと統一され、1861年にオスマン帝国宗主下の自治国(ルーマニア公国)として独立、露土戦争後の1878年には完全な独立(ルーマニア王国)を果たしました。*1

 

このワラキア蜂起のときに立ち上がったパンドゥーリたちの間で広く流布された歌がこのMugur, mugurelだとされています。こうしてMugur, mugurelは民族自決と自由の象徴の歌となっていったのです。

 

3曲目、ムンテニアのラウターリ(Lăutari、主にロマの職業音楽家)を強烈に世界に知らしめたロマ楽団、タラフ・ドゥ・ハイドゥークス(Taraf de Haïdouks)によるMugur, mugurelです。音楽の型にまったくはまらない、メンバーそれぞれの自由奔放な演奏っぷりがたまらない曲です。

 

Mugur Mugurel
Taraf de Haïdouks, Gypsy Caravan, World Village,  Released on: 2007-06-12, Romania.

 

冒頭で紹介した器楽曲のMugur, mugurelは、いかにも伝統のルーマニアン・フォークという雰囲気で、もちろん非常に良い演奏でした。一方、曲の背景からすれば、朗々と歌い上げるところにこのMugur, mugurelに込められた深い意味があるのではないかとも思います。

最後の曲は、タラフ・ドゥ・ハイドゥークスとは極めて対照的なクラシック・スタイルから。ソリスト、テュードル・ゴールゲ(Tudor Gheorghe)が朗々と歌い上げるMugur, mugurelで締めたいと思います。マドリガル国立合唱団および国立放送管弦楽団による「2017年の春の交響楽団記念コンサート」の映像です。■

 

Tudor Gheorghe: Mugur, mugurel
Înregistrare HD din concertul Primăvara Simfonic Aniversar / Muzica: Tudor Gheorghe, adaptare folclorică / Corul Național Madrigal, Orchestra Națională Radio, Orchestrator și Dirijor: Marius Hristescu, 2017/04/28, Romania.

 

今回紹介した曲

Mugur, Mugurel

Mugur, Mugurel

  • Choir Conducted By Paraschiv Oprea
  • シンガーソングライター
  • ¥153
  • provided courtesy of iTunes
Mugur Mugurel (din folclor)

Mugur Mugurel (din folclor)

  • TRONOS - corul de psalți al Patriarhiei Române
  • ヴォーカル
  • ¥204
  • provided courtesy of iTunes
Mugur Mugurel

Mugur Mugurel

  • Taraf de Haïdouks
  • ワールド
  • ¥204
  • provided courtesy of iTunes

*1:以上、出典:Wikipedia [ワラキア蜂起, ルーマニア]