Balkan Folk Music Discography

バルカン半島~黒海周辺地域の音楽と踊りを深掘りするブログ

Osogovka ~山脈に響くバグパイプ・ガイダの音色~(北マケドニア)

Short Notes、今回のテーマは北マケドニア東部の男性舞踊「Osogovka(オソゴフカ)」です。まずは踊りと演奏の動画から。

 

Ansambl Koco Racin so Osogovka vo Zakopane, 2021

Toni Bogdanovski, in Zakopane, Poland (2021)

 

北マケドニアの首都スコピエに拠点を置く民俗アンサンブル・コチョ・ラツィン(Kočo Racin)*1によるポーランド公演でのワンシーン。踊りは素速い足捌き、跳躍、スクワットと迫力があり、後半には一人のダンサーがもう一人を持ち上げるパフォーマンスも見どころです。

鮮烈な赤と白の象徴的な民族衣装であるスカート型の衣装フスタネーラは、中世のアルバニアやギリシャなどバルカン南部の伝統的な兵士の装束に起源を持つとされます*2

 

「Osogovka(Осоговка / オソゴフカ)」は、北マケドニアとブルガリアの国境にまたがる「オソゴヴォ山脈(Osogovskite planini)」にちなみます。オソゴヴォ山脈の南側のコチャンスコ(Kočansko)の村々の踊りとされます*3

オソゴヴォ山脈とコチャンスコとの位置を地図で確認します。北マケドニアの首都スコピエとブルガリアの首都ソフィアを結ぶ道路(Googleマップの黄色い線)の国境近くに位置するブルガリアの都市キュステンディルと、キュステンディルより南西にあるマケドニアの都市コチャニの中間あたりにオソゴヴォ山脈が横たわります。

 

コチャニ~キュステンディル付近  - Google map

 

以下にオソゴヴォ山脈付近の地形図を示します。コチャンスコは、中央に描かれているオソゴヴォ山脈(茶色)の南斜面から中心の町コチャニ(Kočani)、そして南西に広がるコチャニ盆地(薄緑色)辺りまでの地域*4をおおよそ指すとされています。

コチャニ盆地(渓谷)は肥沃な土壌で水も豊富にあるため、穀類、特に米の主要な産地*5、なのだそうです。

 

Ikonact, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons [link]

 

次に話題を楽器と音楽に移します。

Osogovkaは一般に「ガイダ(Gajda)」と呼ばれるバルカン地域にみられるバグパイプをメインに演奏されます。ガイダは羊または山羊の皮まるごと1頭分で作られた袋(バッグ)と、メロディを奏でるチャンター管(ガイダルカ(Gajdarka)またはガイダニッツァ(Gajdanica))1本、通奏低音用のドローン管(ピスカ(Piska))1本、そして息を吹き込む管から構成される伝統楽器です。

 

Tosi Trajcev, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons [link]

 

チャンター管には前側に7つ、後側に1つの指穴が開けられています。前側の最上部(右手人差し指の位置)の穴は他の穴よりも小さく、変調やビブラートに使います。北マケドニアのガイダでは、チャンター管とバッグのつなぎ目が山羊の角またはそのモチーフで装飾されており、チャンター管の先端が前方に折れ曲がっているという特徴があります。

一方、ドローン管はチャンター管の主音(トニック)の2オクターブ下をキープするため管が長く作られています。普通ドローン管は右肩の上に置かれますが、右腕の上に置いたり、下向きに吊り下げたりすることもあります*6

また、チャンター管およびドローン管の中にはそれぞれリード(シングル・リード)がセットされていて、空気の流れでリードを振動させて音を出す仕組みです。

 

次の音源は、ガイダとタパン(大太鼓)だけで演奏される曲の「Osogovka Oro」。ガイダ演奏ラザル・ゲオルギオスキ(Lazar Georgioski)、タパン演奏メトディヤ・ザフィロフスキ(Metodija Zafirovski)による、1970年のレコード音源です。

 

Lazar Georgievski i Metodija Zafirovski - Osogovka oro - ( Audio )

Jugoton EPY-4363, Jugoslavia (1970) / Label and copyright: Jugoton-Croatia Records & Lazar Georgievski i Metodija Zafirovski

 

ところで、冒頭で紹介した動画では、ミュージシャンが吹いていた楽器はガイダではなく何か別のもののように見えました。

 

 

これはガイダルカ(Gajdarka)という、要するにガイダのチャンター管の部分です。バルカン地域ではバッグを介さずチャンター管を直接くわえて息を吹き込む奏法もしばしば見られます。

 

最後に一曲、北マケドニアのフォーク・ミュージシャン、ステフチェ・ストイコフスキ(Stefče Stojkovski)による「Osogovka i orkestarska 11torka」、2021年の映像です。

前半はガイダがメインの「Osogovka」、そして後半はカヴァルをフィーチャーした「11torka / Edinaestorka(エディナエストルカ)」、2曲のメドレーです。「11( = edinaeset)」というのはこの曲が11拍子であることを明示しています。OsogovkaもEdinaestorkaも、どちらも2+2+3+2+2の11拍子という点では同じですが、テンポも雰囲気も異なります。マケドニアの伝統的な11拍子のメドレー、2つの曲のテイストの違いをご堪能ください。■

 

Stefce Stojkovski - Osogovka i orkestarska 11torka

Stefce Stojkovski Music, North Macedonia (2021)

 

Osogovka Oro (with METODIJA ZAFIROVSKI)

Osogovka Oro (with METODIJA ZAFIROVSKI)

  • LAZAR GEORGIEVSKI
  • ワールド
  • ¥153
  • provided courtesy of iTunes

*1:Ansambl “Koco Racin” Skopje, North Macedonia - MIOFF.org [link]

*2:フスタネーラ - Wikipedia [link]

*3:Осоговка - Википедија [link]

*4:行政上のコチャニ州(Kočani municipality)とは異なります。また複数の州にまたがります。

*5:Kočani Valley - Wikipedia [link]

*6:Gajda (Macedonia) - Museo Internacional de Cornamusas [link]

Inch Imanayi ~'70年代アルメニアのフォークソング~(アルメニア)

今回のShort Note、テーマはアルメニアの1970年代のフォークソングの「Inch imanayi(インチマナイー)」です。

 

最初は、アルメニア公共ラジオで1972年に放送された「Inch Imanayi(Eench Eemanaee / インチマナイー)」の公式アーカイブから。作詞ローザ・メリキャン(Roza Melikyan)、作曲アルテム・メジニャン(Artem Mejinyan*1)の楽曲「Inch imanayi」。歌はラフィ・ホファンニシャン(Raffi Hovhannisyan*2)です。

 

Րաֆֆի Հովհաննիսյան/ Ինչ իմանայի/ Raffi Hovhannisyan/ Inch imanai

Armenian Radio Archive, Armenia (1972)

 

この曲は、先にローザ・メリキャンの歌詞(詩)の文面があり、後にメロディが作曲されたという順番のようです。しかし作者のローザ・メリキャンが何者か(詩人?作詞家?)については特に情報が得られませんでした。この歌詞はすべて創作の詩なのか、思想的または歴史的な背景があるのか、あるいは伝承の歌をリメイクしたものなのか、いつ頃の年代の作品なのか、今のところ何もわかりません。

 

その後、レバノン・アルメニア人にしてアルメニアン・ポップスの先駆者、アディス・ハルマンディアン(Adiss Harmandian*3、'73)をはじめ、ヴァルテヴァル・アントシアン(Vartevar Antossian*4、'74)、オンニク・ディンクジャン(Onnik Dinkjian*5、'79)、レヴォン・カタルジャン(Levon Katerjian*6、'??)など、他にも有名歌手が続々とカバー。数え上げたらきりがありません。大ヒットだったようです。

 

Inch Imanayi

Adiss Harmandyan, Greatest Hits, Hollywood Music Center, USA (2008)

 

歌のタイトルには、「Inch imanayi(インチマナイー / 私が知っていたこと)」の他、歌詞の中に出てくる象徴的な言葉の「Tarm tsaghikner(タルスツァヒクネル / 瑞々しい花々)」や、「Che vor es kez berum ei(チェヴォレスケズベルメイ / あなたに持ってきたわけではない)」という名称も使われます。

 

以下のリンク先で歌詞全文(ただしアルメニア語)が閲覧できます。著作権等は問題ないのでしょうか?問題ないくらい古い歌ということでしょうか?分かりませんので、いちおう引用として、歌詞のさわりの部分とその和訳を載せておきます。

 

詞:Roza Melikyan

Ayn orvanits' yerb gnats'ir,
partezs yer amayi
Patcharrn el ch'asats'ir,
vor imanayi

Ch'e vor yes k'ez berum
ei t'arm tsaghikner
Ankeghts srtov asum ei
siro khosk'er
Vow k'nk'shoren shoyum ei,
 k'vo nurb varsery im ser
Inch' vor liner patmum ei,
inch' imanayi
・・・

あなたが去った日から、
私の庭は枯れてしまった

あなたは理由も告げず、
私は知ることができなかった

私はあなたに持ってこなかった、
瑞々しい花々を

(けれど)真心をこめて
私は愛の言葉を伝えた

そして優しく撫でた、
あなたの繊細な髪を、愛する人

何が起こっても、私は話した、
知っていたことは何でも
・・・

 

「瑞々しい花々」は何かの暗喩なのでしょうか?詩歌というよりはロマンス歌謡のような、何か言えないことが背景にあるのか、なかなか具体性の掴めない歌でした。ヒットしたのだからおそらくその理由か何かがあるのだろうと思います。

今回は歌に関してはわからないことだらけでした。後日何かわかったら追記したいと思います。

 

この曲は、現在でも多くのミュージシャンによってさまざまな曲調でカバーされています。いくつか例をあげてみましょう。

 

ロック調

♛Adana Project feat. Andre Simonian 👉 Թարմ ծաղիկներ (Tarm Dzaghikner)

Adana Project, Armenia (2017)

 

東欧演歌調

Տաթև(Tatev) - Ինչ իմանայի (Inch imanayi)

Tatev, Barbaryan Production, Armenia (2017)

 

ピアノ・バラード調

Agas - Tarm Caxikner

Agas, Aram Sargsyan Music, Armenia (2022)

 

スカ?調

REINCARNATION-Tarm Caxikner (Remake) Official Music Video

REINCARNATION Orchestra, Armenia (2015)

 

ざっと拾い集めた程度ですが、それでもジャンル、アレンジの振れ幅がとても大きい。それだけアルメニアの人々の心に深く根付いているということでしょうか。

以前取り上げた「Tsaghkats Baleni - 桜 (Armenia)」でもそうなのですが、アルメニアの音楽では古い音楽、伝統のメロディを大切に守りながら、新しい時代に合わせてリメイクしていくこのようなスタイルがよく見られるように思います。

 

 

最後はとても味わい深い映像で締めたいと思います。「アルメニアのおじいちゃん(Hay Papik)」による伝統スタイルの「Tarm tsaghikner」。この歌声にはかなわないですね。■

 

Թարմ Ծաղիկներ Հայ Պապիկի հրաշք երգը / Tarm Caxikner Hay Papiki Hrashq Ergy

Shiraz Goroyan, Armenia (2022)

 

今回紹介した曲

Inch Imanayi

Inch Imanayi

  • Raffi Hovhannisyan
  • ワールド
  • ¥153
  • provided courtesy of iTunes
Inch Imanayi

Inch Imanayi

  • Adiss Harmandyan
  • ワールド
  • ¥153
  • provided courtesy of iTunes
Tarm Tsaghikner (feat. Andre Simonian)

Tarm Tsaghikner (feat. Andre Simonian)

  • Adana Project
  • ロック
  • ¥204
  • provided courtesy of iTunes
Tarm Caxikner

Tarm Caxikner

  • Agas Mnacakanyan
  • ポップ
  • ¥204
  • provided courtesy of iTunes
Tarm Caxikner

Tarm Caxikner

  • Reincarnation
  • ワールド
  • ¥204
  • provided courtesy of iTunes

*1:Artem Mejinyan - Wikipediaアルメニア語版 [link]

*2:Raffi Hovannisyan - Wikipediaアルメニア語版 [link]

*3:Adiss 73 - Discogs [link]

*4:ARARAD - Discogs [link]

*5:Sings Folk Songs - Discogs [link]

*6:Levon Katerjian - Discogs [link]

Chetvorno horo 〜Rachenitsaと異なるもう一つの7拍子〜(ブルガリア・ショプルク)

前回(2024年1月18日)と前々回(同1月12日)はラチェニッツァの話題を取り上げてきました。しかし、ブルガリアの7拍子の踊りと音楽はラチェニツァだけとは限りません。今回はラチェニッツァとは異なるタイプの7拍子の踊りの一つ、チェトヴォルノ・ホロ(Chetvorno horo)を紹介します。

 

最初はガイダ奏者ニコラ・アタナソフ*1による1980年代初頭の楽曲「Chetvorno horo」から。

 

Четворно хоро

Nikola Atanasov, "Chetvorno horo," Horos And Ruchenitsas, Balkanton ВНА-10891, Bulgaria (1982)

 

チェトヴォルノ・ホロはブルガリア西部のショプルク*2で見られる7拍子の民俗舞踊で、そのリズムや楽曲の名称としても用いられます。「チェトヴォルノ(chetvorno / četvorno / четворно)」という単語は「4つの部分の」、「4倍の」、「4重の」などを意味しますが、何が4つなのかは不明のようです。

 

同じ7拍子でも、チェトヴォルノ・ホロとラチェニッツァは拍子の中の構造が異なります。

ブルガリアの民俗舞踊の拍子は、多くの場合単純な2拍子(2)と単純な3拍子(3)を組み合わせた混合拍子で表されます(例外もあります)。この方法を用いると、7拍子の踊りは以下の表のように3通りに分類することができます。

 

  拍子
a

2+2+3

Rachenitsa,
Elenino horo*3,

b 3+2+2 Chetvorno horo,
Makedonsko horo,
Shirto horo, 他
c 2+3+2 -

 

上記a、b、cの3通りのうち、ラチェニッツァは一般にはこの表のaに相当し、チェトヴォルノ・ホロはbに相当します。他のブルガリアの伝統的な7拍子の踊りもaかbのどちらかに分類されます。cの組み合わせは伝統的なものにはありません。

 

8分音符を基準に小節を構成する場合、aとbは楽譜上ではそれぞれ以下のように書き表されます。

それぞれの譜表の下段は強拍(ダウンビート)を表します。踊りの場合は主にこの強拍の位置でステップを踏みます。

2つの踊りのステップの違いを動画で比べてみましょう。次の2つの動画のうち上はキュステンディルスカ*4・ラチェニッツァ、下はチェトヴォルノ・ホロの動画です。できるだけ雰囲気が似ている動画を選んでみました。どちらもブルガリア西部のショプルクの踊りです。

 

上)KYUSTENDILSKA RACHENITSA – WEST BULGARIA
下)CHETVORNO HORO - WEST BULGARIA

Bulg Folk

 

さて、両者の違いはわかりましたでしょうか?

単純比較は難しいでこれはあくまで私見ですが、短拍と長拍のどちらが先かという単なる順序の問題ではなく、最強拍(各小節の先頭)の位置に短拍がくるか長拍がくるかで、一歩一歩のステップにかかる重み、身体の重心のバランス、そして躍動の慣性が異なってきます。このような違いがそれぞれの踊りに独特のグルーヴ(ノリ)を生み出していると言えるのではないでしょうか。

 

なお、一般にラチェニッツァがブルガリア中央部のトラキアをはじめ全国の各地域で(それぞれの地域のスタイルで)踊られるのに対し、チェトヴォルノ・ホロは主に西部のショプルク辺りで踊られるようです。

 

最後は、チェトヴォルノのリズムの民謡「Hodih gore, hodih dolu」で締めたいと思います。歌ゲオルギ・ゴレルスキ(Georgi Gorelski)、指揮コスタ・コレフ(Kosta Kolev)。1960年代半ば頃の作品です。■

 

Ходих горе, ходих долу

Georgi Gorelski, "Hodih gore, hodih dolu," Balgarski narodni pesni, hora i rachenitsi, Balkanton ВНА-550, Bulgaria (1967?)

(歌詞および訳は割愛します。)

 

今回紹介した曲

Четворно Хоро

Четворно Хоро

  • Никола Атанасов
  • インストゥルメンタル
  • ¥204
  • provided courtesy of iTunes
Ходих Горе, Ходих Долу

Ходих Горе, Ходих Долу

  • Георги Горелски
  • ワールド
  • ¥204
  • provided courtesy of iTunes

*1:Nikola Atanasov / Никола Атанасов。1937年タルゴヴィシュテ出身。作曲家二コラ・アタナソフ・キタノフ(Nikola Atanasov Kitanov)(1886-1969)とは別人。

*2:ショプルク(Shopluk)、またはショプスカ民俗地域(Shopska folklorna oblast)とも。首都ソフィアおよび西部の山岳地域を含む。2024年1月12日の過去記事参照のこと。

*3:Eleno Momeとも。7/8拍子の他、11/16, 12/16, 13/16拍子のバリエーションが存在する。

*4:キュステンディル(Kyustendil / Kjustendil / Кюстендил):北マケドニアと国境を接するブルガリア西部の州およびその州都。