Balkan Folk Music Discography

バルカン半島~黒海周辺地域の音楽と踊りを深掘りするブログ

Mona Mona (No.2)

前回は、アラム・モヴシシャン(Aram Movsisyan)が歌うモナ・モナ(Mona Mona(またはマドモネド・モナ(Madmoned Mona)というアルメニアの曲を紹介しました。演奏はノライル・カルタシャン(Norayr Kartashyan)率いるヴァン・プロジェクト(VAN Project)です。

カルタシャンによってアンサンブル用にアレンジされたこの曲は、オリジナルは中世以前のアルメニア人をルーツに持つヘムシン人(ハムシェン人、ハムシェン・アルメニア人)によって歌い継がれてきた民謡でした。しかし、歌詞の内容はアルメニア人にもよくわからいようだということも話題にしました。

今回は(無謀にも!?)アルメニア人にもよくわからいヘムシン方言の歌の日本語訳に挑戦します。

 

前回の内容ついては下記リンク先をご参照ください。

 

balkankokkaimusic.hatenablog.com

 

それでは早速モナ・モナの歌を読み解いていきましょう。

 

歌詞は次の通りです。オリジナルは西アルメニア語ヘムシン方言の発音のはずですが、モヴシシャンの歌うモナ・モナは(東)アルメニア語の発音・文字に置き換えられています(読みにくいのでアルメニア文字からラテン文字に変換しました)。各行2回ずつの繰り返しです。

 

Ustets’i yes, ustets’i,
  ウステつぃ イェス ウステつぃ
Yes janch’e ch’kartsi k’ezi,
  イェス ヂャンちぇ ちカルツィ けズィ
K’a, yes k’ezi arrnogh um,
  か イェス けズィ アるノ
Khabre mi hoza-hona.
  はブレ ミ ホザ-ホナ


(Chorus)
  Madmoned Mona, Mona
    マドゥモネトゥ モナ モナ
  Madmoned Mona, Mona
    マドゥモネトゥ モナ モナ


Dun՝ sari, mazəd՝ sari,
  ドゥン サり マゼトゥ サり
Terroned hoghol darri,
  テろネト ホ~ごル ダ
Ghadvuned kharad korza,
  ドゥヴネト は~らドゥ コるザ
P’aghts’enogh um has dayi.
  ぱつぇノ ム ハス ダイ

(Chorus)

Erzevin k’aynush unim,
  エるゼヴィン かイヌシュ ニム
Ap’uz avel, p’erg unim,
  アぷザ ヴェル ぺるグ ニム
Yes k’ezi arrnum ana,
  イェス けズィ アるヌマ ナ
Yerrsun och’khar vad unim.
  イェるスン オちはる ヴァドゥ ニム

(Chorus)

Ilikd mani՛r, mani՛r
  イリケトゥ マニル! マニル!
Ilikd mani՛r, mani՛r
  イリケトゥ マニル! マニル!

Hamsheni folk song
Partially modified and transliterlated by Alagöz

soundcloud.com

 

SoundCloud(上の絵の左上隅のオレンジ色の丸いボタンで再生)を聴きながら追ってみてください。
スマホの場合、「Play on SoundCloud」と書いてあるオレンジ色の帯の下の「Listen in browser」をタップすると、このままで聴けるようになります。


歌詞を日本語に翻訳すると次のようになります。

 

どこから来たの?どこから
僕は君を知らなかった
女の子、僕は君を奪うでしょう
あちこちで言わないで

(Chorus)
  マドモネド・モナ、モナ
  マドモネド・モナ、モナ

君はブロンド、髪はブロンド
ドアの前でフクロウのようになって
編み物を編んでいてください
今年連れて逃げるでしょう

(Chorus)

家の近くに草を刈った畑があります
手に箒(ほうき)、鋤(すき)を持っています
もしも君を奪うなら、
僕は30頭の羊の犠牲を約束します

(Chorus)

紡錘を回せ、回せ
紡錘を回せ、回せ

Translated in Japanese by Alagöz

 

日本語訳の正確さはだいたいです。ヘムシン方言という激レアな言葉に対応した辞書が世の中にないので、ご了承下さい(言い訳)。とりあえず文意が読み取れるまでには訳せたかなと思います。

 

ざっくり言えば男の子が女の子に求婚するというお話ですが、「あちこちに言わないで」や「今年連れて逃げるでしょう」など、少し意味深なニュアンスを含んでいるようです。この歌には何か別に背景があるようですが、それはひとまず置いておくとして、歌詞の意味について説明を補います。

 

第1段落

1、2行目は、男の子が女の子に声をかけるのは初めてのようです。

3行目は、男の子が女の子に話しかけようとしています。「K'a!」は「ねえ!」とか「やあ!」など相手への呼びかけ(間投詞)です。日本語で良い言い回しが見つからないのですが、初対面なら「娘さん」や「ヘイカノジョ」、知り合いならば「なあ」や「君よ」あたりでしょうか。

続いて、「私はあなたを奪うでしょう」の「奪う(arrnel)」は、「結婚する」という意味もあります。しかし、どちらかと言えば「手に入れる」、「誘拐する」、「盗む」というのが本来のニュアンス。そのため4行目で「あちこちに言わないでください」となるのでしょう。
2行目から3行目への展開は、初対面にしては少し唐突です。訳し方が間違っていなければ、ストーリー展開に飛びがあるのかもしれません。

 

第2段落

1行目は、女の子がブロンドということを繰り返します。女の子の美しさの比喩なのでしょうか、それとも単にブロンドが男の子のお気に入りということでしょうか。何か他に含みがあるのかもしません。

2行目の「フクロウのようになって」というのは、「おとなしく待っていて」ということと思われます。

3行目の「編み物」とは、結婚時の持参品(Çeyiz(チェイズ))を指していると思われます。トルコの田舎では、女子は結婚適齢期に達する前から結婚するまでの間にカーペット、縫製刺繍、枕、肩掛け、タオルなのど家庭用品を手作りする伝統があるそうです*1

2行目から3行目までで「おとなしく刺繍や編み物、織物などを作りながら時期が来るのを待っていてください」、そして4行目で「今年(時期が来たら)連れて逃げるでしょう」となります。「連れて逃げる(p'akhts'nel)」は、第1段落の「奪う(arrnel)」と同じ意味です。

 

第3段落

1、2行目の「家の近くに草を刈った畑」があり「箒、鋤」を持っているというのは、結婚後に生計を立てていける農地も道具もそろっているということをアピールしているのでしょう。

第3段落3、4行目の「もしも君を奪うなら、僕は30頭の羊の犠牲を約束します」というのは、ちょっと考えどころ。伝統的な農耕牧畜を営む農民にとって羊は貴重な財産です。それを30頭も犠牲にするといのは大きな経済的損失を意味します。

好意的に捉えるならば、「あなたと結婚できるなら、すべてを失っても構わない」のように、女の子に対する男の子の思いの強さを表している、と読めなくもありません。そのように解説しているサイトも見かけました。しかし現実的に捉えるならば、女の子をさらっていく引き換えに羊30頭を女の子の家に差し出すという意味にも読み取れます。

 

その他

モヴシシャンが歌うモナ・モナでは、最後に「イリケトゥ・マニル!マニル!(Ilikd mani՛r, mani՛r)」というフレーズが象徴的にリフレインされます。このフレーズは2014年リリースのCDアルバムのマドモネド・モナにはありませんが、2016年のミュージックビデオ(MV)のモナ・モナで追加されています。イリク(ilik)とは、羊毛を紡いで糸を作るためのスピンドル(紡錘)のこと。MVの中にも何度か登場する、

 

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画像出典:YouTube / Aram Movsisyan ft. Norayr Kartashyan and Van project Mona Mona


このシーンに出てくる棒のことです。くるくる回しながら、羊毛のかたまりから繊維を引き出し、糸状にして巻き取っていきます。その紡錘を「回せ!回せ!(mani՛r, mani՛r)」と言っているのです。

 

ところで、この歌詞には「奪う」や「連れて逃げる」など、あまり穏やかでない言葉があちこちに出てきました。これらのキーワードは、この男の子が誘拐婚を計画していると読み取ることができます。

誘拐婚は世界中で見られる悪しき慣行ですが、特にコーカサス中央アジアでは今でも行われていると言われています。ロマンチックな駆け落ちや女性側の家族のメンツを保つためというようなものから、拉致、合意のない強制結婚に至るまで形態はさまざまですが、アルメニア*2でもトルコ*3でも、農村部では伝統的な風習になっているようです(もちろん全部がそうではありません)。

そのようにとらえた場合、3段落目の「30頭の羊の犠牲」というのは、駆け落ちの代償に女の子の両親への対価の支払いと見るのが合理的に見えてきますが、さていかがでしょうか?

 

まだまだ謎がありそうです。
長くなりましたので、謎解きの続きは次回のお楽しみにしたいと思います。

次回(No.3)はこちら

balkankokkaimusic.hatenablog.com

 

2021年10月24日追記:
歌詞にカナを振りました。また、参考にしていた元々のアルメニア語の歌詞*4
にいくつか間違いを見つけたので、合わせて修正しています。またこの修正に合わせて歌詞の解釈も書き替えました。

*1:Çeyiz - Vikipedi(Wikipediaトルコ語版)https://tr.wikipedia.org/wiki/%C3%87eyiz

*2:K. Nahar: "Bride Kidnapping in Armenia (アルメニアでの花嫁誘拐)," RESTLEEBEINGS, 23 Dec. 2012, https://restlessbeings.org/articles/bride-kidnapping-in-armenia

*3:M. Özgenç: "Necessary precautions to be taken against ‘abduction tradition’ in villages: Turkish family minister (村の「拉致の伝統」に対して取られるべき必要な予防措置:トルコの家族大臣)," Daily News, 2 Feb. 2017 , https://www.hurriyetdailynews.com/necessary-precautions-to-be-taken-against-abduction-tradition-in-villages-turkish-family-minister-109389

*4:Armenian Folk - Մադմոնեդ Մոնա Մոնա (Madmomed Mona Mona) lyrics + Transliteration