ブルガリア各地でとてもポピュラーな伝統舞踊にホロ(Horo / Хоро)があります。ホロについては、クリヴォ・サドフスコ・ホロ、ガンキノ・ホロ、パイドゥシュコ・ホロなど、これまでにも度々取り上げてきました。
今回はホロと並んでおそらく最もポピュラーな伝統舞踊とされるラチェニッツァ(Rachenitsa / Rǎčenica / Ръченица / ルチェニッツァ)*1 について取り上げます。
Ivan Mrkvichka - Rachenitsa (1894) *2
ラチェニッツァは、単純な2拍子のグループ2つと、3拍子のグループ1つで構成される、非対称な7拍子(2+2+3)に合わせて踊られる民俗舞踊です。語源はハンカチを意味する「ラチェニーク(rachenik / rǎčenik / ръченик)」。上の絵にあるようにハンカチを手(raka / rǎka / ръка)で振って踊ることに由来しています。
ホロが大勢でオープンサークルまたはラインを作って踊るスタイルなのに対し、ラチェニッツァは基本的にソロ、または男女カップルや女性2人と男性1人など、比較的少数で踊られます。ただし振り付けによってはラインでも踊られます。
ラチェニッツァはブルガリア各地でそれぞれの伝統に沿ったスタイルで踊られていますが、そのうち今回はブルガリア中央部のトラキア地域のスタイルのラチェニッツァを紹介します。
次の動画は国立フィリップクテフ舞踊団の2019年の演目「Svatbarska Rachenitsa」です。
“Сватбарска ръченица“ - Национален фолклорен ансамбъл „Филип Кутев“
"Svatbarska Rachenitsa" - Philip Koutev National Folklore Ensemble / Folk Dance Panorama - Bulgarian Dance Art Foundation (2019)
滑らかな腕の動き、優雅で重みのあるステップが、トラキアのラチェニッツァの特徴です。
「Svatbarska Rachenitsa」は「結婚式のラチェニッツァ」*3。ブルガリアの結婚式においてラチェニッツァは象徴的な意味を持つそうです。次のような逸話があります。
ブルガリアの結婚式の習慣では、ラチェニッツァは象徴的な意味を持ちます。花婿の介添人の男女は、ベイクドチキン、自家製の丸パン(ピタ)、ワインのボトルをトレイの上に置いてキープしている花嫁の親族の人たちと踊りを競い合います。介添人はこれらの贈り物を手に入れるために招待客が疲れ果てるまで踊らなければなりません。バンドは速いテンポで演奏を始め、誰かが諦めるまでスピードを上げて行きます。
踊りを競い合うところがラチェニッツァの本質と言えるのでしょう。皆で息を合わせて踊るホロとは決定的に趣が異なるようです。
ちなみに「Svatbarska / Сватбарска」の発音は、子音同化のため、「スヴァトバルスカ」ではなく「スヴァドバルスカ」*4になります。ご注意を。■
今回紹介した曲
*1:ラテン文字への翻字方法については「ブルガリアのキリル文字と翻字の話」[link] をご参照のこと。
*2:Ivan Mrkvička - Wikipeda [link]
*3:細かい点ですが、「結婚式(wedding)」はブルガリア語で「Svatba / Сватба」ですが、語末に「r / р」がつくと「結婚式の招待客(wedding guest)」という名詞になります。「Svatbarska Rachenitsa / Сватбарска Ръченица」は「結婚式の招待客のラチェニッツァ」という方が意味的には正しいかもしれません。
*4:後ろの有声子音「b」に引きずられて無声子音「t」の音が有声子音「d」の音に変化します。このためブルガリア語では文字と発音の不一致が起こります。一方、マケドニア語でも発音については同じ現象が起こりますが、マケドニア語の場合は「Svadbarska / Свадбарска」のように子音同化も含めて発音通りに表記されます。